― 海にいない日も、たぶん同じことをしている ―
波があれば海に入るし、なければ入らない。
いい波を求めて毎週どこかへ飛んでいくわけでもないし、サイズが上がれば上がるほど嬉しいわけでもありません。
小さな波の日にスポンジの板を持って海に入って、それなりに遊んで、満足して帰る。
そのくらいが、今の僕にはちょうどいいです。
だから、サーファーですかと聞かれれば、もちろんそうなんですが、自分の中では「サーフィンをしている人」というより、生活の中に海がある、という感覚のほうが近いです。
特別なことをしに海へ行くというより、波があればちょっと入る。
そんなふうに、海がいつもの暮らしの中にあります。
そして、僕はヨガをしています。
マットの上でポーズをとることだけがヨガではなくて、どう身体を使うか、どう呼吸するか、どう毎日を過ごすか。
少ないもので気持ちよく暮らしたいとか、急がなくてもいいんじゃないかとか、今日の自分の身体にちゃんと気づいていたいとか。
そんなことまで全部ひっくるめて、僕にとってはヨガなんだと思います。
そう考えると、旅に自転車を選ぶようになったのも、案外自然なことでした。
自転車は遅いです。
車ならあっという間に通り過ぎる場所を、延々とペダルを漕いで進みます。
暑い日は暑いし、向かい風なら全然進まない。
坂道では「なんで自転車で来たんだ」と思うこともあります。
でも、その遅さがいいんです。
街の匂いが変わったことに気づいたり、知らない商店を見つけたり、川沿いで少し休んだり。
目的地へ着くまでの時間が、ただの移動ではなく、旅そのものになっていきます。
歩くより遠くへ行けて、車よりずっとゆっくり景色の中にいられる。
そのくらいの速さが、僕にはちょうどいいみたいです。
そしてもうひとつ、自転車旅が好きなのは、たくさん持っていけないことです。
着替えを少し、雨具、歯ブラシ、あとはその日に必要なものを少々。
バッグに入らなければ置いていく。
そうすると不思議なくらい、それで困りません。
普段は必要だと思っているものも、なくても案外平気だったりします。
海へ行くときも似ています。
板が一本あって、海パンがあれば、とりあえず海には入れます。
ヨガだって、本当は身体ひとつあればできます。
サーフィンも、ヨガも、自転車旅も、少ないもので成立する。
たぶん僕は、そこが好きなんだと思います。
何かをたくさん手に入れることで楽しくなるというより、余計なものが少しずつなくなって、自分とその場所だけになっていく感じ。
波に合わせる。
呼吸に合わせる。
風に合わせる。
思い通りにならないものに、自分のほうを少し合わせてみる。
考えてみれば、やっていることはどれもそんなに変わりません。
だから海に入らない旅でも、僕にとってはサーフィンとどこかでつながっています。
ヨギとして暮らして、海ではサーフィンをして、旅では自転車に乗る。
それぞれ別の趣味を三つ持っているというより、同じようなことを、違う場所でやっているだけなのかもしれません。
今度の旅も、古い自転車に小さなバッグをつけて、着替えを詰めて出かけます。
急がない。
たくさん持たない。
予定どおりにいかなくても、それはそれでいい。
そんな旅が、今はいちばんしっくりきます。
SPONGE SURF SOCIETY
海にいない日も、たぶん僕らはそんなふうに遊んでいます。



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